大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所八王子支部 平成4年(ワ)1120号 判決

原告

石黒慎太郎

右法定代理人親権者父

石黒徹

右同母

石黒正子

原告

石黒徹

石黒正子

右三名訴訟代理人弁護士

佐々木幸孝

森山満

被告

関盛久

右訴訟代理人弁護士

高田利廣

小海正勝

主文

一  被告は、原告石黒徹及び同石黒正子に対し、各金五五〇万円及びこれに対する昭和六二年一一月二四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を、原告石黒慎太郎に対し金一億二一三〇万八四八五円及びこれに対する昭和六二年一一月二四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を、それぞれ支払え。

二  原告らの被告に対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は、

一  原告石黒慎太郎に対し、金二億五〇八三万一三〇一円及び内金二億二八八三万一三〇一円に対する昭和六二年一一月二四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を、

二  同石黒徹及び同石黒正子に対し、それぞれ金一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和六二年一一月二四日から支払いずみまで年五分の割合による金員を

支払え。

第二  事案の概要

一  本事案は、原告石黒慎太郎の脳性麻痺が、新生児核黄疸によるものであり、医師である被告が、核黄疸の発症を予見し、早期に治療を実施すべき注意義務を怠ったとして、被告の診療契約上の債務不履行に基づく損害の賠償を請求するものである。

二  被告医院における原告石黒慎太郎の出生と脳性麻痺の発症(特に証拠を摘示してある事実以外の事実は当事者間に争いがない。)

1  原告石黒慎太郎(以下「原告慎太郎」という。)は、同石黒徹(以下「原告徹」という。)及び同石黒正子(以下「原告正子」という。)夫婦の第一子であり、原告正子にとっては初産であった。

被告は、肩書住所地において、「玉川クリニック」の名称で内科・小児科・産婦人科の医院を開業する医師である。

2  原告正子は、昭和六二年一一月八日同慎太郎の分娩のために被告医院に入院し、原告慎太郎は、一一月八日午後三時三〇分ころ、予定日である一二月八日より約一か月早い妊娠三五週で、体重二六三〇グラム、骨盤位分娩で出生した。

右入院の際、原告徹及び同正子と被告との間で、右出生の際、原告慎太郎と被告との間で、診療契約が締結された。

出産自体は順調で、原告正子が初めて見た同慎太郎は全身きれいなピンク色をしていた。原告慎太郎の血液型はO型でRH+、原告正子はA型でRH+で血液型不適合には当たらない。

3  原告慎太郎は、出生直後から三日目の同月一〇日朝までクベースに収容されていた。同人には、生後三日目から黄疸が出現した。

被告は、一一月一一日朝から、原告慎太郎に対し光線療法を開始した。被告は、原告正子に対し、同慎太郎の黄疸は生理的黄疸であると説明して光線療法を同月一六日まで継続した。また同月一〇日ころ、原告慎太郎は少量のチョコレート様の液体を嘔吐し、被告はこれをメレナであると診断してビタミンKを内服投与した。

4  原告慎太郎及び原告正子は一一月二四日に退院した。

5  原告慎太郎は、生後六か月後国立相模原病院で脳性麻痺の疑いがあると診断され、その後都立北療育医療センターで脳性麻痺との診断を受け、リハビリのため多摩療育園に通院し、平成二年二月から心身障害児総合医療療育センターに入園し、同原告の脳性麻痺が核黄疸によるものである旨の診断を受けた〈書証番号略〉。

6  原告慎太郎は、平成二年七月に、東京都から身体障害者一級の認定を受け、運動機能が全くなく寝たきりの状態で座ることもできず、日常の起居動作について常に家族の介助、付添いが必要であり、重度の言語障害がある〈書証番号略〉。

三  本事案の争点は、1原告慎太郎は核黄疸に罹患していたか。仮に罹患していたとすれば、被告に注意義務違反があったか。2原告慎太郎の脳性麻痺の原因は核黄疸か。仮にそうであれば、核黄疸につき適切な処置をしていれば脳性麻痺は妨げたか。3被告に債務不履行があったとすればこれにより原告らが被った損害の内容。である。なお、これら争点に対する当事者の主張は左記のとおりである。

ところで、被告は本件診療契約に関するカルテを紛失しており(当事者間に争いがない。)、原告らは証明妨害等の主張もしている。

1  争点1について

(原告らの主張)

原告慎太郎の黄疸は、光線療法を開始しても増強して生後五日目には大腿部にまで広がり、光線療法の終了後も残存していた。一般に、光線療法を開始すると、血中ビリルビン値に対して皮膚の色は減弱するのであるから、右黄疸は重症であったといえる。また、原告慎太郎は、元気がなく、哺乳力も弱く、うとうとと眠りがちの嗜眠状態を示していた。これは、プラハの分類による核黄疸の臨床症状の第一期の症状に該当する。

したがって、原告慎太郎は核黄疸であったものである。

核黄疸は予後が不良であり、救命しても重大な後遺症を残すので、核黄疸の発症を予防する措置が必要である。この予防措置としては、血中ビリルビン濃度を低下させるための措置として、フェノバルビタール等の薬剤の投与、光線療法、交換輸血が実施されている。しかし、右薬剤投与は効果が不十分とされあまり行われておらず、光線療法は黄疸が高度でない場合の措置であり、高度の黄疸や核黄疸症状が出現している場合には、交換輸血が唯一の方法である。交換輸血は、臍静脈又はぎょう骨動脈から少しずつ新生児の血液を瀉血しては新鮮血を注入するという操作を繰り返し行って血中ビリルビンを体外に除去するというものである。

交換輸血を実施すべき時期は、血清ビリルビン値が二〇ないし二五mg/dlであるのが基準であり、自ら交換輸血を実施できない医療機関の場合は手遅れになるのを避けるため右数値よりも一段下の数値又は右数値をこえる可能性を認識した時点で新生児を転送すべき義務がある。また前記プラハの第一期症状が確認された場合も交換輸血をすべきである。

新生児担当医としては、常に新生児に対し、病的黄疸発症の有無に関心を払い、新生児核黄疸への進行、罹患を防止し、早期に治療を実施すべき注意義務がある。この黄疸管理のためには、血清ビリルビン値を測る必要がある。

しかし被告はこれらの注意義務に違反した。

(被告の主張)

原告慎太郎に黄疸の症状はあったものの、それは重症ではなく、生後三日目に出現し、八日には消失した生理的黄疸である。被告が光線療法を実施したのは、黄疸の治療のためではなく、原告慎太郎のミルクの摂取が悪かったのでこれを改善せしめるために行ったものであり、結果的にみると不要であったと考えられる。哺乳量は次第に回復し、他に核黄疸を疑わせる所見はなかった。原告慎太郎は、生後二週間で出生時の体重を回復して異常なく退院したのである。もし核黄疸が発生していたのであれば、痙攣、呼吸障害等の死亡に至りかねない症状を起こし、被告医院では管理できないような状態になっていたはずである。

2  争点2について

(原告らの主張)

原告慎太郎の脳性麻痺は、アテトーゼ型脳性麻痺であり、アテトーゼ型脳性麻痺の原因は、仮死か核黄疸のいずれかであり、本件では仮死による脳性麻痺の可能性は否定されている。また、原告慎太郎には核黄疸脳障害の特徴であるABR(聴性脳幹誘発反応)の異常がある。さらに、核黄疸脳障害には凝視麻痺及び乳歯のエナメル質形成異常が多く認められるところ(前者九〇%、後者七五%)、同原告には右特徴がある。以上の三点から、同原告の右脳性麻痺の原因は核黄疸であるといえる。

そして、被告が前記1の注意義務に違反することなく自ら又は他の医療機関に委託して血清ビリルビン値を測定しその結果をみて交換輸血を行っていれば、原告慎太郎は脳性麻痺になることはなかった。

(被告の主張)

本件分娩は、高年初産、前期破水、骨盤位、早産と重なったハイリスクの分娩であり、本件脳性麻痺の原因は、出生前の要因が最も大きいと考えられる。

仮に原告慎太郎が突発性高ビリルビン症でそのために交換輸血をしたとしても、一定の障害が残った可能性が強い。

3  争点3について

(原告らの主張)

(一) 逸失利益

原告慎太郎は、重症脳性麻痺後遺症により、労働能力の一〇〇パーセントを喪失し、高校卒業後満六七歳まで就労して、少なくとも日本の労働者の平均賃金を得ることができたのにこれを失った。

幼児の逸失利益については、口頭弁論終結時における最新の資料に基づくのが合理的であり、平成四年度賃金センサス第一表、産業計、企業規模計、学歴計、男子労働者全年齢平均給与欄より得られる毎年の収入金額五四四万一四〇〇円、就労可能年数を六七歳(原告慎太郎の口頭弁論終結時の年齢は六歳)としてその逸失利益を計算すると次のとおりとなる。

六七(年)―六(年) 六〇年に対応する新ホフマン係数27.3547

一八(年)―六(年) 一二年に対応する新ホフマン係数 9.2151

27.3547―9.2151  18.1396(六歳に対応する係数)

544万1400(円)×18.1396=9870万4819(円)

(二) 付添看護費相当額の損害

原告慎太郎は、脳性麻痺のため運動機能がなく、終生日常生活の起居動作も常時介助を必要とする。したがって、原告慎太郎が生存する間要する介助看護費相当額は、本件医療過誤による右慎太郎の損害である。そしてその場合の損害額は職業的看護補助者を雇った場合を仮定して算出するのが妥当である。

社団法人日本臨床看護家政協会発行の「地域別看護料金基本給及び泊込み給」料金表添付別紙によれば原告らの居住する町田市は乙地に指定され、昭和六二年度の一日あたりの泊込み給は八〇九〇円、同六三年度で八一九〇円、平成元年度で八四七〇円、同二年度で八八三〇円、同三年度で九一四〇円、同四年度で九四九〇円、同五年度で九七六〇円、同六年度で九七九〇円となる。この基準により原告慎太郎の過去及び将来の看護費相当損害額を算出すると次のとおりである。

(1) 昭和六二年一一月二五日から昭和六三年三月三一日まで(一二八日)八〇九〇(円)×一二八(日)=一〇三五五二〇(円)………………………①

(2) 昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日まで(三六五日)

八一九〇(円)×三六五(日)=二九八九三五〇(円)………………………②

(3) 平成元年四月一日から平成二年三月三一日まで(三六五日)

八四七〇(円)×三六五(日)=三〇九一五五〇(円)………………………③

(4) 平成二年四月一日から平成三年三月三一日まで(三六五日)

八八三〇(円)×三六五(日)=三二二二九五〇(円)………………………④

(5) 平成三年四月一日から平成四年三月三一日まで(三六六日)

九一四〇(円)×三六六(日)=三三四五二四〇(円)………………………⑤

(6) 平成四年四月一日から平成五年三月三一日まで(三六五日)

九四九〇(円)×三六五(日)=三四三三八五〇(円)………………………⑥

(7) 平成五年四月一日から平成六年三月三一日まで(三六五日)

九七六〇(円)×三六五(日)=三五六二四〇〇(円)………………………⑦

(8) 平成六年四月一日から平成六年九月六日まで(口頭弁論終結時までの一五九日間)

九九七〇(円)×一五九(日)=一五八五二三〇(円)………………………⑧

(9) 平成六年九月七日以降

この時点での原告慎太郎の満年齢が六歳であることからすれば、その平均余命が七〇歳であることは平成四年簡易生命表の男の数値より求められ、年五分の中間利息の控除につき新ホフマン係数を用いるとその係数は29.6966である(一年を三六五日として計算)。

9970(円)×365(日)×29.6966=108067412(円)…………………………………………⑨

①+②+③+④+⑤+⑥+⑦+⑧+⑨=一三〇三六三五〇二(円)

(三) 慰謝料

(1) 原告慎太郎は、生涯健常者として通常の生活を送ることができなくなり、自らの力で幸福を求める一切の方途を閉ざされるに至った。これらの原告慎太郎の奪われた生活利益は慰謝料の中に反映されるべきである。

(2) 原告徹及び同正子は、第一子出生の喜びも束の間、重症心身障害児を抱えるに至ったものであり、今後の自分達の生活のすべてを原告慎太郎の看護にあたることを余儀なくされ、将来への不安等の精神的苦痛や失われた生活上の不利益は計り知れない。

(3) 被告は、医療の専門家として重大な社会的使命を持つものであるにもかかわらず、原告慎太郎の重症黄疸を見過ごしたという無責任な診療態度は社会的批判に値する。また、被告は証拠保全申立事件における決定によって実施された検証において分娩台帳及び申し送り簿(引継日誌)を除いてカルテ等については紛失を理由に提出せず原告らの真実解明の求めに協力しなかった。このような被告の重大な義務違反行為は慰謝料算定に反映されるべきである。

(4) 以上のとおり、原告慎太郎の慰謝料は金二〇〇〇万円、同徹及び同正子の慰謝料は各金一〇〇〇万円を下ることはない。

(四) 弁護士費用

合計金二四〇〇万円

原告らは、本件訴訟追行を原告ら弁護士二名に依頼し、弁護士費用として各自の請求額の約一〇パーセントである原告慎太郎につき金二二〇〇万円、同徹及び同正子につき各金一〇〇万円を支払う旨約束し、これらも被告の債務不履行責任と相当因果関係にある損害である。

(五) 合計

原告慎太郎は合計二億七一〇六万八三二一円の一部である二億五〇八三万一三〇一円及び内金二億二八八三万一三〇一円に対する被告の債務不履行の後である昭和六二年一一月二四日から、原告徹及び同正子は、それぞれ一一〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する右同日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金。

(被告の主張)

本件において仮に原告慎太郎に交換輸血をしたとしても一定の障害は残った可能性が高く、高校卒業後六七歳まで就労して少なくとも日本の労働者の平均賃金を得ることができたのにこれを失った、ということはできない。また、付添いが必要な一定の障害が残った可能性が強く、付添費の全部が本件の損害とはならない。さらに、原告らは現在職業的看護者を雇っているわけではないので、職業的看護者の付添料金を請求することはできない。

損害額の計算は、ライプニッツ方式ですべきである。

原告らは、現在、わが国の社会保障制度のもとで各種の諸給付を受けており、職業的看護者の付添料金は必要でない。

慰謝料の算定は、本件診療当時(昭和六二年)の基準によるべきである。昭和六二年当時の慰謝料の一般的基準は、死亡の場合でさえ幼児の場合には一五〇〇万円であるから、本件の場合の慰謝料は総額で一五〇〇万円以内である。

4  証明妨害について

(原告らの主張)

証明妨害の理論とは、証明責任を負わない側の当事者が、その故意又は過失による行為(作為・不作為)によって、証明責任を負う側の当事者による証明ができないようにし、あるいはそれを困難にした場合には、事実認定上、証明責任を負う側の当事者の利益のために調整がなされなければならない、とする理論である。カルテのように法律上保存義務が定められているものをその保存期間経過前に廃棄する場合は、過失であっても証明妨害にあたる。本件では、被告が原告慎太郎のカルテを保存期間経過前にもかかわらず、保存していなかったものであり、原告側の証明を著しく困難にしたものであるから証明妨害という他ない。

証明妨害の効果は、妨害行為に対する制裁として、証明責任の転換を認めるものである。本件では、原告がカルテによって立証しようとする証明主題である被告の過失を直接真実と擬制し、証明責任の転換が認められるべきである。

また、本件は、法律上の義務に違反し正当な理由なくカルテを廃棄しているのであるから、相手方の使用を妨げる目的で文書を毀損したことになり(判例)、民事訴訟法三一七条が適用され、証明妨害の理論と同様に、原告の証明主題が真実と認められるべきである。

(被告の主張)

本件は証明妨害及び民事訴訟法三一七条の要件にあたらない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  黄疸について、被告診療所では血清ビリルビン値の測定は行っておらず、唯一行ったイクテロメーターによる測定や視診(被告本人)の結果についても、原告慎太郎について記載されたカルテ等の診療録が残されていないため客観的なデータはない。

しかしながら、被告が原告慎太郎に対し、一一月一一日から一六日までの六日間にわたる後述のとおり異例に長期と認められる光線療法を施していること、光線療法施行中、通常は光線の作用により黄疸が軽減しているように見えることが多いにもかかわらず、原告正子の観察によると、原告慎太郎の黄疸は増強していると感じられたこと(〈書証番号略〉、原告正子本人)、被告自身も、一一月一三日の時点において原告慎太郎の黄疸が大腿部まで広がっていた、すなわち通常の成熟児の場合において血清ビリルビン値が一六mg/dl程度までなりうる状態(〈書証番号略〉)になっていたことを認めていること(被告本人)からすると、黄疸の程度は重かったものと認められる(〈書証番号略〉、証人児玉)。

被告は、原告慎太郎に対し、光線療法を行ったのは、原告慎太郎のミルクの摂取が悪かったのでこれを改善しようとして行ったのであり、黄疸は治療が必要なほど重くはなかったと述べる(〈書証番号略〉、被告本人)。しかし、被告が原告慎太郎の黄疸が生理的なものに過ぎないと考えた(〈書証番号略〉、被告本人)という他に、原告慎太郎の黄疸が生理的黄疸であるとする客観的証拠はない。また原告慎太郎のミルク摂取の程度は、後述のように同原告が軽い仮死を経た新生児であることを考えればその摂取量が少なかったといっても通常程度に過ぎず、逆に光線療法を行ったためにこれが増加したとも認められず、光線療法により失われる水分の補給分をも考慮すると、同原告が健全な新生児に比較すれば不十分な量しか摂取していないのである(〈書証番号略〉、証人児玉)。そもそも光線療法は、黄疸の治療の一手段であって、ミルク摂取を改善するために用いられるものではない。光線療法については、近年副作用その他の研究が進み、妄りに使用しないこととされ(〈書証番号略〉)、黄疸が治療の必要がない程度のものであるにもかかわらず同療法を使用するのは妥当でない。また六日間という期間は、通常の黄疸に対する治療としての光線療法が一〜二日であることと対比すると著しく長い。通常これだけの期間が必要なほど黄疸が長引いているのであれば、ビリルビン値を測定して場合により交換輸血が必要となる(〈書証番号略〉)と考えられることからすると、本件では、被告が原告慎太郎に光線療法を用いたこと及びその程度は、同原告の黄疸が決して軽度のものではなかったことを窺わせる証左である。したがってこれに反する被告の供述は信用できない。

そして原告慎太郎は、検査の結果、聴性脳幹誘発反応が極度に低下し、聴神経が侵されていることが認められるが、これは核黄疸による脳の傷害の場合にしばしば生じるものである(〈書証番号略〉、証人児玉)。逆に、核黄疸では大脳皮質が影響を受けないことが多いところ、原告慎太郎について脳波検査等で大脳皮質の異常が認められず、その点でも同原告の症状は核黄疸に合致している(〈書証番号略〉)。また、心身障害児総合医療療育センターに入園した当初は眼球の異常及び歯のエナメル質の異常といった核黄疸に特有な所見(〈書証番号略〉)が認められた(証人児玉)。

また、核黄疸には、いわゆるプラハによる臨床症状の分類がなされており、第一期症状として、嗜眠傾向、筋緊張低下、呼啜反射減弱等がある(以下「プラハの第一期症状」という。)とされているが、全ての症例にこれがみられるのではなく一般に元気がない、泣かない、哺乳力不良のときには注意を要するとされている(〈書証番号略〉)。原告慎太郎は、元気がなく眠りがちであったものであり(〈書証番号略〉、原告正子本人、被告本人)、また前記のとおり、光線療法開始後は哺乳量の伸びが悪く、量的にも不十分であると認められ、プラハの第一期症状の嗜眠傾向があったものと認められる(なお〈書証番号略〉参照。)。

以上を総合すれば、原告慎太郎は、核黄疸であったものと認めるのが相当である。

2  生理的黄疸は、日本人の新生児の大部分にみられるが、重症の黄疸、特に核黄疸は、脳に不可逆的損傷を与え、死亡又は脳性麻痺の後遺症を残すという重大な結果を招く。したがって新生児医療にあたる医者は、生理的黄疸と病的黄疸の区別には十分注意して新生児管理にあたる必要がある。そのためまず視診やイクテロメーターにより黄疸の程度を確認する。またプラハの第一期症状の有無にも注意を払い、その際には前記のとおり文献に記載されている全ての症状が必ずしも見られないことに注意して新生児の状態に注意を払う必要がある。そして血清ビリルビン値と皮膚の色との相関関係が厳密に平行しないことを考慮し、通常の状態の新生児の場合には黄疸が手足にまで広がっていたりイクテロメーター値が3〜3.5程度と認められる場合を基準として、未熟児の場合、新生児の状態が悪かったり黄疸増強要素が認められる場合、プラハの第一期症状が認められる場合には、前記基準よりも低めの黄疸の状態で、血清ビリルビン値を測定すべきである。血中のビリルビンを低減するための治療法としては、交換輸血が最も直截で効果的な方法である。光線療法もビリルビンを分解することによって低減する効果があるが、重症の場合には不十分である。通常の状態の新生児の場合で生後三日を経過した場合には、血清ビリルビン値が二〇ないし二五mg/dlを超えた場合には交換輸血をすべきであり、交換輸血に至らない程度の一五ないし一八mg/dlのビリルビン値においては光線療法を施すべきである。光線療法施行中は、皮膚の黄疸の色が通常よりも観察しにくくなるので、一日に数回血清ビリルビン値を測定し、光線療法をしたにもかかわらずビリルビン値が上昇する場合には、速やかに交換輸血を行うべきである(〈書証番号略〉)。

3 被告も新生児医療に携わる医師として、右のとおり一般的に新生児の黄疸を注意して観察し、黄疸が強いと認められる場合には、被告の診療所にはビリルビン測定装置がない(被告本人)のであるから、他の医療機関に委託してビリルビン値を測り、その結果ビリルビン値が一定の限度を超えている場合には、被告診療所には交換輸血を自ら行いうる設備はない(弁論の全趣旨)ので、交換輸血を行える他の医療機関に患者を転送して、核黄疸を防止すべき注意義務がある。

そこで、本件において、被告が右注意義務に違反しなかったかどうかを検討する。

前記認定のとおり、被告が光線療法を開始した後である一一月一三日において、光線療法により皮膚の色は見にくくなっているにもかかわらず、原告慎太郎の黄疸が大腿部まで広がっていた。したがって、血清ビリルビン値は、通常大腿部まで黄疸が広がっている場合の目安である一六mg/dlよりもさらに上昇している可能性があったと認められる。しかも、原告慎太郎にはプラハの第一期症状が出ていた。一般的に光線療法中は視診による黄疸の計測が困難であることから血清ビリルビン値の測定が望ましいとされていることに加え、前記の交換輸血の基準と照らし、プラハの第一期症状が出ており、血清ビリルビン値がかなり上昇している蓋然性が高かったのであるから、この段階で、被告としては血清ビリルビン値の計測を他の医療機関に委託し、その結果いかんによっては交換輸血等の措置をするために同原告を他の医療機関に転送すべき注意義務があったにもかかわらず、ビリルビン値を計測せずに一一月一六日まで光線療法を継続したのであるから、被告には前記注意義務に違反した過失があると認められる。

なお、被告は、光線療法施行中の一一月一〇日ころ、原告慎太郎が一度コーヒー様残滓を口から出したので、新生児メレナ(生後二〜四日の新生児に、突発性に生じる消化管出血)を疑ってビタミンK1(カチーフN)一〇mgを水一〇mlに薄め、一mlずつ一日三回、三〜四日経口で投与した(被告本人)。しかし、ビタミンK1には大量投与の場合新生児には過ビリルビン血症、核黄疸が現れることがあるので、過度又は不必要な投与はしてはならないとされていること(〈書証番号略〉)、新生児メレナの予防策としては、ビタミンK2を経口の場合一〜二mlを与えるとされていること(〈書証番号略〉)、新生児は腎臓・肝臓機能が未熟なため排泄されるスピードが遅く体内に蓄積されるため、赤血球を壊し、ビリルビン値を増加させた可能性があることからすると、被告の原告慎太郎に対する右ビタミンK1の投与は、過度であり、原告慎太郎の核黄疸を増強した可能性も否定できない(〈書証番号略〉、証人児玉)。

二  争点2について

1  原告慎太郎は、現在、重度のアテトーゼ型脳性麻痺である。この症状の基は、大脳基底核損傷にある。原告慎太郎の症状が進行性のものではなく、脳の各種断層撮影では異常が認められないことから、原因として進行性疾患及び脳の奇形、血管障害、腫瘍性変化は除外される(〈書証番号略〉、証人児玉)。

アテトーゼ型脳性麻痺の原因は、仮死分娩による脳の酸素不足と核黄疸のいずれかが考えられる。しかし、原告慎太郎の場合には、分娩経過は良好で、骨盤位分娩であったため、骨盤位分娩に通常みられる程度の軽度の仮死はあったものの、数分で蘇生したこと(〈書証番号略)、原告正子本人、被告本人)からすると、気管内挿管を行い人工呼吸器を接続して呼吸調節を行うような脳に損傷を与える程度の重度の仮死があったとは認められない。また、原告慎太郎の現状をみると、仮死分娩を理由として脳性麻痺となった場合にみられるような症状は存在しないので、仮死分娩が主な原因となったとは考えられない(〈書証番号略〉、証人児玉)。

したがって、原告慎太郎の脳性麻痺の原因は、核黄疸によるものと認められる。

2  ところで、被告は、原告慎太郎の脳性麻痺の原因は、出生前の原因や遺伝的な原因等様々なものが考えられ、核黄疸と限定することはできないと主張する。

しかし、脳性麻痺の種別と患者の現在の症状によりある程度特定した原因が考えられるというのが現在の医学界における通説的見解と認められ、被告の主張に副う〈書証番号略〉に記載されている見解は、一般論として脳性麻痺の原因に出生前の要因も考えられることを述べるに過ぎず、〈書証番号略〉の見解及び証人赤松の証言も、本件では核黄疸はなかったという被告の主張を前提事実としたうえで右一般的見解を本件に敷衍したものに過ぎず、採用の限りではない。

したがって被告の反論反証は前記認定を覆すに足りない。

3  そしてプラハの第一期症状が出ている段階において速やかに交換輸血を行えば、脳性麻痺の後遺症はほとんど免れることが臨床上認められている(〈書証番号略〉)のであるから、被告の過失と原告慎太郎の脳性麻痺との間には相当因果関係があると認められる。

三  争点3について

1  積極損害

付添費用

原告正子の証言及び弁論の全趣旨によれば、原告慎太郎の介護には主に原告正子を中心とした近親者により行われていることが認められるから、原告慎太郎の損害として認められるのは、近親者の付添費である。そして、原告慎太郎は、独力で日常生活をすることは不可能であり、生涯を通じて日常生活全般に付添・介護が必要であると認められ、右付添のための費用は、一日あたり八〇〇〇円の割合による年間二九二万円を相当と認める。原告慎太郎が右付添を必要とする状態となった昭和六二年九月二五日における同原告の平均余命は七五年であり(昭和六二年簡易生命表)、そのライプニッツ係数は19.4849であるから、付添費の現価を算出すると、次の計算式のとおり、五六八九万五九〇八円となる。

8000円×365日×19.4849=56895908円

2  消極損害

逸失利益

原告慎太郎は、アテトーゼ型脳性麻痺による障害のために労働能力の一〇〇パーセントを喪失しているのでその逸失利益は、昭和六二年度賃金センサスによる男子、産業計、企業規模計、学歴計、全年齢平均賃金四四二万五八〇〇円に一八歳から六七歳までの就労可能年数四九年に相当するライプニッツ係数(19.2390−11.6895=7.5495)をかけて中間利息を控除して計算すると、

4425800円×7.5495=33412577円

となる。

3  慰謝料

慰謝料については、本件の一切の事情を考慮すると、原告慎太郎の慰謝料は二〇〇〇万円、原告徹、同正子の慰謝料は各五〇〇万円を相当と認める。

4  弁護士費用

右1ないし3の合計は、原告慎太郎につき一億一〇三〇万八四八五円、原告徹、同正子につき各五〇〇万円となるところ、本件損害の程度、訴訟の難易等諸般の事情に照らし、弁護士費用は、慎太郎につき一一〇〇万円、原告徹、同正子につき各五〇万円をもって本件債務不履行と相当因果関係のある損害と認める。

よって、合計の損害額は、原告慎太郎につき一億二一三〇万八四八五円、原告徹、同正子につき各五五〇万円となる。

四  証明妨害の主張については、以上のとおり原告らの主張が証拠により認められるので、判断しない。

五  よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官豊永格 裁判官逸見剛 裁判官櫻井佐英)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例